私が学生時代に精神医療という道を選んで、ちょうど20年になるが、あの頃の精神科外来や病棟の様子を思い出し、その違いには隔世の感が否めない。最近のマスメディアの「新型うつ病」バッシングの高まりや、現場にいる私たち精神科医への酷評や非難(「治らない」とか、「儲け主義」とか、「乱診乱療」だとか)も、あの頃には想像できなかった。それと同時に、最近の患者さんの医療不信の高まり、勝手な自己診断にも戸惑いを覚えている。
駆け出しの頃の私は、当時受け持った患者さんから、さぞかし若くて経験がなく頼りなげに見えたであろうが、それでも、知識も自信もない若い医者の私が「精神病ではありません。」「これは病気の問題ではなく性格に関する問題です。」と言い切っても、あの頃は、「先生がそう言うならそうなんでしょうね。」と、患者さんや御家族は(不承不承かもしれないが)納得されたものだった。医師ならば一般人に持ち得ない何らかの見識があるとみなされていた。しかし今や、私としては当時よりずっと経験を積んで勉強したつもりになっているが、昨今の診察室では、「先生はうつ病でないと言いますが、どういう根拠ですか。ネットで見たうつ病のチェックリストやアメリカのDSM診断基準では、私はうつ病の診断に当てはまりますよ。」「〇〇という薬の方がネットで見ると治療の効果があるようですよ」などとおっしゃる方に遭遇するのも決して珍しいことではなくなった。
そういう自己診断を主張する患者さんの中には、休業補償や賠償(交通事故や「ハラスメント」相手への補償を求める)などの利得を目的とした確信犯もたまにいるが、それよりもずっと、DSM診断という素人でもできる簡便な診断を「科学的」かつ「客観的」で「正確」な診断であり、その診断により正しい治療ができる、と素朴に信じきっている人の方が多い。そういう患者さんは、目の前の医者のこれまでの臨床経験や、経験に培われた勘や見立てなんぞに意味は認めず、「ネットで○○という薬が良いと書いてあった」「テレビで○○大学の先生がこういう薬が良いと言っていた」と言って、食料品でも選ぶかのように薬を要求することもしばしばある。そういう彼らに、「DSM診断なんてあくまで"決め事"的な診断分類で、実際の治療にはそんなに役立つものでもないので…」「ネットでの評判は製薬会社の宣伝の効果でバイアスがかかっているので…」などと話しても不毛な時間になるばかりなので、彼らの求める薬でも、余程の問題が無ければ処方することが多い。こういう時、私は自分が薬の自動販売機になったような気がする。それはそれで、この時代の町医者の役割として、必要なこととも思うが、寂しいものだ。
そのような、自己完結している消費者的な患者さん(最近流行りの言い方では「ユーザー」の方々)が、時々、家族や同僚らへの「接し方」を尋ねてくることがある。それも、私が全く知らない人たちへの「接し方」である。「うつ病の同僚がいるんですけどどう接したらいいですか」、「父が認知症になったようですが、どう接したらいいですか」などと尋ねてくる。普通、そんな問いを突然に出されたら、簡単に答えられるものではないが、彼らは、そういう問いに対する答えがすぐに得られ、ものの数分で結論が得られると思っているようで、私が「それまでのお二人の関係の歴史や今のご病状など、いろいろな要素を考えないといけないので、安直に、彼にこう接したら良い、なんて言えるものではないので…」などと答えると、ちょっと落胆されたり、(専門家なのにわからないのかな)とでも思っているような、不思議そうな顔をされる。
このように、自分の心理状態を安易に自己診断して薬を求めることと、マニュアル的な「(大事な他者への)接し方」を求めるという行為は、自己の心身や他者の心身をモノのように「扱う」「操作する」ことである。自分の今までの生き方や相手との付き合いの歴史を振り返って考えてから今後の自分の振る舞い方につき考えたり、相手に対して働きかける前に自分の心身の態勢を変えてみたりする、相手の変化に応じて自分の応答もその都度柔軟に変えていく、といった姿勢が欠けている。それはまるで、パソコンの操作法を覚えるような、「イヤな気分対処マニュアル」「病気の人への接し方マニュアル」の追求である(バブルの頃に、恋愛の仕方について「デートマニュアル」みたいなものが出てきていて、それを忠実に実践していた人たちがいたが、彼らは現在の先駆けだったのかもしれない。)。言い方を変えれば、自分(の体や無意識的衝動)との付き合い方、他者との付き合い方について、その独特な関係性や個別の歴史につき顧慮せず、「うつ病」「認知症」といった、個人の生の一断面のみで人間を見る見方(はやりの現代思想の表現で言えば「記号化」する人間)と言えるだろう。
「Aさんがうつ病を患った」という表現と、「うつ病のAさん」という表現とでは、他者との距離感に大きな違いがある。「Aさん」を自分の近親者や恩人、親友などに置き換えて考えてみれば明らかにわかることだが、その違いに鈍感な人が増えている。他人のことを表現するのにそのような貧困な表現しかできない時、その人の心の中の空虚さを表している。同様に、自分の心の中の不安感や悲しみ、もどかしさなどの感情を単に「うつ」とだけ表現して「セロトニン不足」問題だけに矮小化したままでは、心の中は空虚なままにとどまる。
ただ、このように言い切るのにはためらいがある。心が苦悩している状態にある時、それを「うつ病」として「脳内のセロトニンの不足」との簡便な理解をし、薬を飲んで調子を整えようとすることは、必ずしも否定される行為ではない。性格や生活、人間関係などの特別に問題がなくとも、精神疾患を発病することはある。年をとれば脳も老化して失調しやすくなり、不眠になったり抑うつになったりすることは多い。本人やその家族が、病気の「原因」や「(発病の)責任が誰にあるか」などにつき過剰に内省して考えると、答えの出ない泥沼にはまってしまったり、責任の無い誰かを責めるようになったりすることはしばしばある。「心の病気」と言っても実際には脳の病気という事態は多々ある。しかし逆に、心の苦悩を何でも病気の問題、脳の失調問題とすることは間違いである。本来は労務関係の問題であったり本人の職業適性の問題であったりする事柄の解決として、「適応障害」やら「抑うつ状態」の病名をつけて疾病問題にすり替えることが、現在の「新型うつ病」問題の主要因の一つである(「ユーザー」にも、彼らを医療対象とする医者にも双方に問題がある)。
私個人としては、自分の近親者が精神疾患や身体疾患になっても、あくまで病気はその人の一部であり、私がその人の苦悩にどう「接して」いくのかについて、その人に会ったこともない医者なんぞに尋ねもしないし、その人の主治医であっても相談はしないだろう。これは、私が医者になっていなかったとしても同じだと思う。逆に、私が精神疾患や身体疾患になっても、自分の近親者が「病気の人への接し方マニュアル」的に私を取り扱おうとするのならば拒否反応を示すだろう。
心の苦悩を持つ人との 「接し方」に関して、私が一つの理想と思う処遇をしているある施設の実践を紹介したい。私が見学に行ったその老人施設では、介護者が認知症の入所者の幻覚症状を見た時、単に「幻覚がある」とだけ理解することを厳に戒めていた。医学的症状としては幻覚であっても、過去にその老人が過去に体験したことの想起ではないのか(例えば、戦争体験や姑からのイジメ体験のフラッシュバックではないのか)、もしそうならば、なぜその体験が今ここに幻覚として出てきたのかを考えること、それが大事なのだ、といった講義を受けた。その施設では、入所者の受け持ち介護士は、徘徊する老人の後ろに付いて回り(たとえそれが1時間でも付いて回る!)、老人が何をどのように見ているかを想像しているという。また、家族に入所者の生活史を詳細に尋ね、「入所者が主語の自分史」 作成を義務付けられていた。例えばこんな風である、「私は大正5年生まれ、東京の墨田区の育ちです。父はロープ商を営んでいて、結構商売がうまく行っていたのでお嬢さん育ちですの。家には若い女中さんがいましたわ。中学生の時には家族で銀座を歩いて、観劇も楽しみましたわ。でも、戦争が始まって、兄が出陣してからね…」。こうした「自分史」を入所者の身になったつもりで介護者が作り上げ、まるで入所者本人が読んでいるかのように朗読するのを私は聞いた。その時私は、精神病院勤務時代の受け持ち患者で、長年入院している方々につき、私がこうした「自分史」の簡素版でさえ作ることができない人がたくさんいることを思い出し、恥ずかしく思った。同時に、こうした追体験作業をしなければ、表面的に見える症状の背後について理解することは難しいことがあることを思い知らされた。
もちろん、実際の医療の現場では、全ての患者さんの生活史の詳細を尋ねる必要は無いし、あまりに患者さんの目線になって共感しすぎてしまうと「木を見て森を見ず」で、かえって治療を誤ってしまうことがある。そのために、医師の視点は一般人と違って「冷めた」ところを持たざるを得ない。しかし、「情報化」時代の昨今では、患者さんの中にも自己や他人の心に対して、そうした「冷めた」視点を持つ人が増えているようだ。
その一方で、沈思黙考して内省することの重要性に気づいている人たちも増えているようだ。心理療法の分野の一部において坐禅や瞑想が注目されているが、わかる気がする。私自身も、勝手な駄文を書いて何かをなしたように慢心するのもほどほどにして坐禅した方が良いかもしれない。