最近のNHKのTVは、とかく効果音として電子音を多用しているので耳につくし、ニュース番組でもオレンジの蛍光色のバックを使っているので見ていると目がチカチカしてくる。番組内容もお下劣なものが多い。先日も昼間に子どもと教育テレビを見ていたら、途中でドラマの宣伝だとして、不倫の男女のセックスシーンが出てきたのには驚いた。
今回、NHKでうつ病治療の特集があると家族に聞き、どうせ後に患者さんから問い合わせがあるだろうからと思い、気は進まないが見てみた。
冒頭、研修医と精神科専門医との問答という設定で、脳について説明があった。「またNHKは胡散臭い精神科医をTVに出しおって」とTVの前でつぶやいていたら、家族が俳優さんだと教えてくれた(最近は何においても素人と玄人の見分けがつきにくい時代だ。)。
今回の番組では、冒頭に「うつ病の原因は脳(の失調)」と断言されて、「(病気の原因である)脳を治療する」治療法が主に紹介されていた。TMS(経頭蓋磁気刺激法)という、頭皮に機械を当てて、磁気を発する治療が紹介されていた。TMSについては、私は実際の機械や治療光景を見たことがなかったので、今回のTVは参考になった。映像で見ると、TMSはまるで歯医者さんの機械のようで、コンコンコンコンと歯医者さんの機械よりは低い音が鳴り続ける。ある女性の患者は脳に磁気刺激を受けている最中から表情が良くなり、別の患者は治療後すぐに周囲の世界が変わって見えるようになったと話していた。仮に私がこれを施術するとなると心理的に抵抗感があるが、臨床医の立場からは、症状が治って副作用が無いならば、こうした治療もあって良いと思う。ただ、この番組について、若干の疑問を呈したい。
疑問の一つは、TMSという治療法の効果についてである。私が知るところでは、TMSにつき、二重盲検法で効果が立証されたとは聞いていない(私の不勉強でしたら訂正します。学会専門医の試験に落ちてしまうかな。)。二重盲検法というのは、「科学的」として一番信頼できる検証方法である。薬の二重盲検試験なら、プラセボ(本物と同じ形状の、実は小麦粉のような薬)と本物の薬を、医者も患者もそれとわからないようにして投与し、患者の症状の経過を追跡して効果を確かめることになる。TMSで二重盲検法による試験を行うには、本物の磁気と偽の振動波をランダムに出す機械で試験してみればいい。それで効果が出たというなら信頼できる。今回のNHKの番組では、高名な大学の研究者に最新の治療を受けたという状況が、患者さんの自己暗示を導くというプラセボ効果を排除していない。その点は無視しておいて、TMSがさぞかし効果が立証され、薬物療法よりも優れた治療法であるかのように紹介し、「日本でももっと早く(こういう効果的な)治療を(保険で)受けられないのでしょうか」と不満を述べるはいかがなものか(その辺りはさすがに周到なNHK、よく聞くとTMSの不確実性について俳優さんが控えめに言っている。)。
私は、以前の抗うつ薬紹介番組の再現を見ている錯覚に陥った。10数年前、SSRIという分類に当たる「夢の抗うつ薬」の日本への導入が遅れている、という報道を思い出した。その当時は私も、SSRIは素晴らしい薬だと期待した。しかし、今では、うつ病の症状が重い患者ほど、SSRIが効果を発揮しないことがはっきりした。そこで最近のマスメディアは、SSRIが日本に入ってきてから「なかなか治らないうつ病」「SSRIが自殺を引き起こす」現象が増えたなどと報道し、挙句には現場の精神科医の診療技術がない、と批判する。自分たちの野放図な報道は棚に上げる。今回の番組でもそういう姿勢が感じられるところがあった。
今回の番組のように、日本の健康保険制度が新薬や新治療法の認定に遅い、としばしば批判される。国民皆保険を維持している日本と、個別の健康保険組合の規定や自由診療が基本のアメリカとでは違って当然だ。マスメディアはしばしば新治療導入の「障壁」として批判するが、日本が独自に行う臨床試験は比較的公正に行われていると思う。例えば、世界トップの売り上げの抗うつ薬の認可に際し、日本での最初の臨床試験で治療効果が否定されたのは、日本の試験の公正性を表していたと思う(本当は、あのまま認可しないのが良識だったのだが、あの大会社とアメリカ政府の後押しもあってか、無理に認可された。TPPが締結されればこんな検証が行われることもなくなるのだろうと思うと空恐ろしい。)。余談だが、日本の薬価(政府が決める薬の定価)は高いことが有名で、SSRIの薬価は欧米平均の2倍になっている。国民医療費を押し上げているのは外資の製薬会社ばかりではない。この国の内部にも要因がある。
閑話休題。番組へのもう一つの疑念を呈したい。番組で、うつ病を脳病と言い切るのはいいが、個人の脳や個人の考え方(性格)に原因を求めるばかりで、個人と社会との関係、社会状況の変化がうつ病態の発病圧力になっているという視点(平たく言えば、「生活習慣病」としてのうつ病)が抜け落ちていないか。無理に無理を重ねた仕事を続けてうつ病を発症した人が脳に磁気刺激を受けてチューンアップして職場復帰し、病前と同じように睡眠時間を削って働いて、うつ病を再発したら再度磁気を当ててもらう、というのではいずれ体が悲鳴を上げることになるだろう。
うつ病という「病気」は、明確に一つの「原因」で説明できるものではない。遺伝子、生育家庭、食生活、労働環境、社会状況などの変化など、いろいろな要因が複雑に絡み合っている現象だ。私たちの実際の臨床では、どの程度「脳」が問題か、どの程度「性格」「考え方」の問題があるか、どの程度「生活習慣」「生活環境」の問題か、どの程度「労働環境」の問題か、などとアナログに考えており、白か黒かとデジタルに二分することはあまりしない。診断にしても、番組で言われたような簡単な三分類(うつ病か双極性障害か統合失調症か)だけでは診療できない。番組が言うような、単純に機械で診断して機械で治療して問題が解決する、というのは夢の話で、鉄腕アトムの時代によく見られた、幼児的な科学信奉だろう。
番組について逐一問題を挙げればきりがない。もちろん、複雑な現象を一般人にわかりやすく伝える努力は大事だ。ただ、その単純化の過程で捨象される大きな問題がないのか、報道する側に見識を求めたい(報道後の臨床現場の混乱も考えて欲しいです。毎日同じ質問に対応するのも疲れます。)。