自慢にはならないが、私は、流行語に無知だ。少し前だが、「どや顔」という言葉を聞いて、「ドヤ街の顔」を想像していた。『あしたのジョー』の丹下段平の日焼けした顔を浮かべていた。私たちが幼い頃に野球をして遊んでいると無理矢理仲間に入り込んできた、日雇い労働のホームレスのおじさんの顔を思い出していた。ずいぶん誤解していたようだ。
最近では、「今でしょ!」という言葉が流行っているらしい。これは、今の日本の政治を象徴しているようで不気味だ。
阿部政権は、すぐに結果を出さないといけないと(「今でしょ!」の言葉に追い立てられるように)、「アベノミクス」なる経済政策で、市場にたくさんの日本円を出回らせた。その結果、日本円は対外貨で大きく下落し、東京株式市場は乱高下している。人々の生活、「実体経済」なんて全く無視のマネーゲームが展開されている。その背後には千分の一秒単位で株を売買するコンピューターが動いているという。それは人間の生活とは無縁のものだ。「ハゲタカ」ファンドなどと称されるものが出てくるように、株取引なんて所詮は、野獣みたいに、むきだしの人間の欲望が出てくるだけだ。私たちの生活実感とはどんどん乖離していく。
経済学には暗い私にも、お札をたくさん刷ればこのような乱高下の状況になることはわかっていた。地球温暖化で大気の水蒸気が多くなると、どこかで大雨になりどこかで干ばつになる異常気象が多発する。水が乱高下するわけだ。それと同じように世界中でお金が乱高下するのだ。ただ、地球上の水の総量はいつも一緒であるのとは違って、マネーの方は、いったん増えた総量が減る場合もある。債務不履行、つまり借金帳消し、会社の倒産、バブル崩壊、国家破産だ。今回の日本のお札の増刷は、国家的自殺を招かないのだろうか。パチンコ依存の人が借金をして取り返そうとしてさらに借金を増やしていくのと同じく、破綻への一途ではないのか。素人の私に国家経済を論じる力はないが、政府や日銀にもコントロール不能な状況が到来したように見える。
株式市場が私たちの生活と乖離していく、こんな状況下でも、東京の猪瀬知事が「日本標準時を2時間繰り上げて、東京株式市場を世界で一番最初に開く市場にする」と言い出した。全くの迷妄としか思えない。この政策が実行されれば、気持ち悪い風景が出てくる。真夏、デイサービスで入浴して涼をとっていた独居老人は、今の時間の午後1時から2時頃には自宅に帰される。当然熱中症が多発するだろう。病院の救急外来は忙しくなりそうだ。また、12月の冬至の頃には、今の朝6時前の真っ暗な朝に小学生が登校する。まだ夜明け前の、深夜の延長である時間帯、零下の気温の中、当番の母親が震えながら交差点で旗持ちをする。インフルエンザや肺炎患者が増えそうだ。また、冬は消費電力が一番多い時である。朝の電力供給は大丈夫なのだろうか。
そのうえ、この政策は一時的な効果しか持たないだろう。もし、香港株式市場が4時間早めて開場したらどうなるのか、シンガポール株式市場が24時間開いたらどうなるのか、という問題は考慮されていないようだ。ただ刹那的に、「今、ここ」が良くなればよい、というその場しのぎの思いつきを知事が言い出す。それにより、多くの国民は恩恵をこうむるどころか、体調を崩す。そのうえ、実効的な経済効果も上がらないとすれば、虚しいだけだ。戦時中の、「欲しがりません、勝つまでは」「一億玉砕」の時代のような国民的一体感も持てないまま、生理的に無理な生活を強いられる。このように、意味を感じられないことについて体に無理をかけて頑張ることは、うつ病発症のハイリスク状況である。危険すぎる。猪瀬知事には再考を促したい。(でも、国民からそういう声が上がっても、無視されるだろう。せいぜい、国民の健康被害と株価上昇の経済効果を比べるという、非人間的な試算をするくらいのがオチだろう。)
今の日本は、かくまで貧乏でゆとりの無い国になったのだろうか。そこまで切羽詰まった状況になっているのだろうか。「今でしょ!」じゃなくて、もう少しゆっくりとした姿勢で、ものを考えられないのだろうか。